聴く、奏でる、歌う:音楽が心のレジリエンスを高めるメカニズム
人生後半に寄り添う音楽の力
人生が深まるにつれて、私たちは様々な経験を重ねてまいります。喜びや楽しみが多い一方で、時には予期せぬ変化や困難に直面することもあるかと存じます。そのような状況でも心のバランスを保ち、前向きに進むための「心の回復力」は、高齢期をいきいきと過ごす上で非常に大切になります。私たちはこれを「心のレジリエンス」と呼んでいます。
心のレジリエンスを高める方法には様々なものがありますが、古来より人々の生活に寄り添ってきた音楽も、その一つとして注目されています。音楽は単なる娯楽に留まらず、私たちの感情や思考、さらには身体にも深く作用することが、近年の研究で明らかになってきています。
では、具体的に音楽はどのようにして私たちの心のレジリエンスを高めてくれるのでしょうか。今回は、音楽と心のメカニズム、そして「聴く」「奏でる」「歌う」という三つの関わり方に焦点を当ててご紹介いたします。
音楽が心のレジリエンスを高めるメカニズム
音楽が心のレジリエンスに与える影響は多岐にわたります。科学的な視点で見ると、以下のようなメカニズムが考えられます。
- ストレスや不安の軽減: 穏やかな音楽や、ご自身にとって心地よいと感じる音楽を聴くことは、心拍数や呼吸を落ち着かせ、リラクゼーション効果をもたらします。これにより、ストレスホルモンの分泌が抑制され、心の平静を取り戻しやすくなります。
- 感情の調整と表現: 音楽は私たちの感情に直接働きかけます。悲しい時には共感し、楽しい時には気分を高揚させるなど、感情を表現したり、調整したりする手助けとなります。言葉にならない感情も、音楽に乗せることで解放されることがあります。
- 記憶や認知機能への刺激: 懐かしい音楽は、その頃の記憶や感情を鮮やかに呼び覚ますことがあります。また、新しい音楽に触れたり、楽器を演奏したりすることは、脳に多様な刺激を与え、認知機能の維持や向上に繋がる可能性が示唆されています。
- 社会的なつながりの促進: 合唱団や演奏グループに参加する、コンサートに出かけるといった活動は、他者との交流を生み出します。共通の趣味を持つ人々との繋がりは、孤独感を軽減し、心の支えとなります。
- 創造性や自己肯定感の向上: 自分で音楽を作ったり、楽器を演奏したり、歌を表現したりすることは、創造性を刺激し、達成感や自己肯定感を高めます。
これらの作用が複合的に働くことで、私たちは困難な状況でも心のバランスを保ち、前向きな気持ちを育むことができるのです。
「聴く」「奏でる」「歌う」:音楽との具体的な関わり方
音楽との関わり方は様々ですが、ここでは特に高齢期において取り組みやすく、心のレジリエンスを高める効果が期待できる三つの方法をご紹介します。
1. 聴く
最も手軽に音楽を取り入れる方法です。しかし、ただ漫然と聴くのではなく、少し意識を変えるだけで、より効果を高めることができます。
- 「心地よい」と感じる音楽を見つける: ジャンルにこだわらず、ご自身がリラックスできる、あるいは気分が高揚する音楽を探してみてください。クラシック、ジャズ、歌謡曲、自然音など、様々な音源を試してみるのも良いでしょう。
- 意識して「集中」して聴く時間を作る: BGMとしてではなく、音楽そのものに意識を集中して聴いてみます。楽器の音色や歌詞の意味に耳を傾けることで、心のざわつきが落ち着き、深いリラクゼーションや気づきを得られることがあります。
- 新しい音楽やジャンルに挑戦する: 知らない音楽に触れることは、脳に新鮮な刺激を与えます。インターネットや音楽配信サービスを活用すれば、世界中の様々な音楽に手軽にアクセスできます。
- 「思い出の音楽」を聴く: 人生の節目や大切な出来事と結びついた音楽を聴くことは、ポジティブな記憶を呼び起こし、自己肯定感を高めることに繋がります。
2. 奏でる
楽器の演奏は、脳と身体を同時に使い、より能動的に音楽と関わる方法です。
- 昔習っていた楽器を「再開」する: かつて楽器を演奏した経験がある方は、再び手に取ってみるのはいかがでしょうか。指先を使うことは脳の活性化に繋がりますし、過去の自分と繋がる喜びも得られます。
- 新しい楽器に「挑戦」する: 難しそうと感じるかもしれませんが、ウクレレやハーモニカなど、比較的取り組みやすい楽器もあります。全く新しいことを学ぶ挑戦は、脳を活性化させ、大きな達成感をもたらします。
- オンラインレッスンや地域の教室を利用する: 一人では続かないと感じる方も、専門家や仲間と一緒に学ぶことでモチベーションを維持しやすくなります。
楽器演奏は、集中力や記憶力、そして両手の協調性を養う上でも有効であり、まさに「心の筋トレ」と言えるかもしれません。
3. 歌う
歌うことは、特別な道具がなくても始められる、心身に良い影響を与える素晴らしい活動です。
- 好きな歌を「自由に」歌う: 一人で、あるいは家族や友人と一緒に、好きな歌を声に出して歌ってみましょう。大きな声を出すことはストレス解消になりますし、表情筋を使うことは顔の血色を良くすることにも繋がります。
- 合唱に参加する: 地域や公民館などで開催されている合唱サークルに参加することもおすすめです。皆で声を合わせる一体感やハーモニーの美しさは、心を豊かにし、他者との繋がりを深めます。
- 呼吸法を意識する: 歌う際には腹式呼吸を意識することが多いですが、これはリラクゼーション効果があり、自律神経のバランスを整える助けとなります。
歌うことは、感情を外に出すアウトプットの機会であり、気分転換や活力を得るための手軽な方法と言えます。
日常に音楽を取り入れるヒント
これらの音楽との関わり方を、ぜひ無理のない範囲で日常に取り入れてみてください。
- 朝起きたらお気に入りの音楽を聴く
- 家事をしながらラジオや音楽配信を聞き流す
- 散歩中に心地よい音楽をイヤホンで聴く
- 寝る前にリラックスできる音楽を聴く
- 週に一度、楽器を触る時間を作る
- 地域の合唱サークルを見学してみる
大切なのは、「こうしなければならない」と気負わず、ご自身が「楽しい」「心地よい」と感じる方法で続けることです。音楽はあなたの心の強い味方になってくれるでしょう。
まとめ
音楽は、聴くこと、奏でること、歌うことを通じて、私たちの心のレジリエンスを多角的に高めてくれます。ストレスの軽減、感情の調整、脳の活性化、社会的な繋がりの促進など、その効果は科学的にも裏付けられています。
人生後半を前向きに、そしてしなやかに過ごすために、音楽の力をぜひ活用してみてください。きっと、あなたの日常に彩りを添え、心の光を灯してくれることと存じます。