漠然とした不安との向き合い方:コントロールできること、できないことの区別
はじめに
人生の後半を迎えると、多くの方が様々な変化を経験されます。体力の変化、健康への関心、ライフスタイルの変化、人間関係の変化など、様々です。これらの変化は、時に漠然とした不安を伴うことがあります。「この先どうなるのだろう」「健康でいられるだろうか」「経済的に大丈夫だろうか」といった思いが頭をよぎることもあるかもしれません。
このような不安を全く感じずに生きることは難しいですが、不安に心を囚われすぎず、心の平穏を保つための考え方があります。それが、「自分でコントロールできること」と「コントロールできないこと」を区別し、対処することです。この区別を意識することは、心のレジリエンス、つまり困難や変化に対応する心の回復力を高める上で非常に有効であることが知られています。
本稿では、この「コントロールできること・できないこと」の区別がなぜ心の安定につながるのか、そしてどのように見分け、日々の生活に活かしていくのかを、具体的な方法とともにご紹介します。
なぜ「コントロールできること・できないこと」の区別が大切なのか?
私たちは、自分自身の努力や行動で変えられることもあれば、どんなに願っても変えられないこと、あるいは他者や状況によって左右されることの中で生きています。
コントロールできないことにばかり意識を向け、そこにエネルギーを注ぐことは、大きなストレスや無力感につながりやすいと考えられます。例えば、過去の出来事を変えようとしたり、他人の考え方や行動を無理に変えようとしたりしても、それは叶いません。結果として、徒労感や失望感だけが残り、自己肯定感も低下してしまう可能性があります。
一方で、コントロールできることに焦点を当て、そこに行動や努力を集中させることは、主体性を取り戻し、小さな成功体験を積み重ねる機会となります。これは、心理学でいう「自己効力感(自分にはできるという感覚)」を高め、前向きな気持ちや行動へとつながります。心のレジリエンスを高める上で、この自己効力感は非常に重要な要素です。
コントロールできること・できないことを見分ける具体的な方法
漠然とした不安や懸念を抱いたとき、それが「コントロールできること」に関することなのか、「できないこと」に関することなのかを見分ける練習をしてみましょう。
1. 不安や懸念を書き出してみる
頭の中で漠然と考えていることを、一度紙やスマートフォンのメモ機能などに書き出してみることから始めます。「何となく不安だ」というだけでなく、「具体的に何について不安なのか」を言葉にしてみるのです。
- 例:「将来、一人になったらどうしよう」
- 例:「健康診断の結果が悪かったら怖い」
- 例:「近所付き合いがうまくいかない」
- 例:「年金だけで暮らしていけるか心配」
2. それぞれについて「私が直接できることは何か?」と問いかける
書き出した項目一つひとつに対して、「これに対して、私は具体的に、直接的に、何ができるだろうか?」と問いかけてみてください。
- 「将来、一人になったらどうしよう」
- 直接できること:地域活動に参加する、友人と連絡を取り合う頻度を増やす、新しい趣味を始める、見守りサービスについて調べてみる、など。
- コントロールできないこと:将来必ず一人になるかどうか、他人がどう反応するか、など。
- 「健康診断の結果が悪かったら怖い」
- 直接できること:定期的に健康診断を受ける、食生活を見直す、適度な運動を取り入れる、十分な睡眠をとる、など。
- コントロールできないこと:健康診断の具体的な結果、過去にできた病気、遺伝的な体質、など。
- 「近所付き合いがうまくいかない」
- 直接できること:自分から挨拶をする、笑顔を心がける、地域のイベントに顔を出してみる、など。
- コントロールできないこと:相手の性格や反応、地域全体の雰囲気、など。
- 「年金だけで暮らしていけるか心配」
- 直接できること:現在の収支を見直す、無駄な出費を減らす方法を考える、資産運用について信頼できる情報源で学ぶ、働く選択肢を検討する、など。
- コントロールできないこと:将来的な物価変動、社会保障制度の大きな変更、など。
この問いかけを通して、「自分が直接、具体的に行動を起こせること」がコントロール可能領域であり、「自分の行動だけではどうにもならないこと」がコントロール不可能領域であることが見えてきます。
コントロールできないことを受け入れる方法
コントロールできないこと、つまり「変えられない現実」に対して、どのように向き合えば良いのでしょうか。受け入れることは、決して諦めることや無力感に苛まれることではありません。それは、そこに無駄なエネルギーを費やさず、より建設的なことに力を注ぐための賢明な選択です。
1. 「それはそれとして」感情を認める
不安や残念な気持ちを感じること自体は自然なことです。コントロールできないことに対してネガティブな感情が湧くのは当然の反応です。「不安を感じてはいけない」と否定するのではなく、「ああ、私は今、このことについて不安を感じているのだな」と、ただその感情を観察し、認めることから始めましょう。これはマインドフルネスの基本的な考え方の一つです。
2. 信頼できる人に話してみる
一人で抱え込まず、信頼できる家族や友人、専門家などに話を聞いてもらうことも有効です。話すことで気持ちが整理されたり、自分だけではないと安心できたり、あるいは相手からの客観的な視点や助言が得られることもあります。
3. 注意を転換する
コントロールできないことについて考え続けてしまうときは、意識的に注意を転換しましょう。好きな趣味に没頭する、散歩に出かける、親しい人と話す、音楽を聴くなど、自分が心地よいと感じることや楽しいと感じる活動に時間を使います。
4. 完璧主義を手放す
世の中の全てを自分の思い通りにコントロールすることは不可能です。完璧にコントロールしようとするのではなく、「できる範囲で最善を尽くす」という考え方にシフトすることで、心が楽になります。完璧主義を手放し、不確実性を受け入れる心のしなやかさを育むことが大切です。
コントロールできることに焦点を当て、行動する
コントロールできる領域が明確になったら、そこに意識と行動を集中させましょう。これが、漠然とした不安を具体的な「やることリスト」に変え、前向きな変化を生み出す鍵となります。
1. 具体的な行動計画を立てる
コントロール可能領域の項目に対して、「いつ、何を、どのように行うか」という具体的な行動計画を立てます。大きな目標であれば、達成可能な小さなステップに分解します。
- 例:「食生活を見直す」→「明日から毎朝、野菜スムージーを飲む」「週に3回は魚料理にする」「夕食後の間食をやめる」
2. 小さな一歩から始める
計画通りに進めるのが難しいと感じる場合は、さらに小さな、すぐにでもできる一歩から始めましょう。「無理なく続けられること」を見つけることが重要です。小さな成功体験は、次の行動へのモチベーションにつながります。
3. できたことに目を向ける
計画を実行したら、「できたこと」に意識的に目を向け、自分自身を褒めてあげましょう。結果がすぐに出なくても、行動したこと自体が素晴らしい進歩です。「今日はスムージーを飲めた」「ウォーキングを15分できた」など、ポジティブな事実に焦点を当てる練習をします。これは自己効力感を高める上で非常に重要です。
まとめ
人生後半に抱きがちな漠然とした不安と上手に付き合うためには、「自分でコントロールできること」と「コントロールできないこと」を意識的に区別することが有効です。コントロールできないことに囚われるのではなく、それを賢明に受け入れ、自分自身が直接働きかけられる領域に時間とエネルギーを注ぐことが、心の平穏とレジリエンスを高める道です。
今日から、あなたの心の中にある不安や懸念を一つ取り上げ、「これはコントロールできることだろうか?それともできないことだろうか?」と問いかけてみてください。そして、もしコントロールできることであれば、小さくても具体的な一歩を踏み出してみましょう。コントロールできないことであれば、それを受け入れ、感情を認め、注意を転換する練習をしてみてください。
この区別を意識する習慣は、不確実な未来に対する不安を軽減し、今、この瞬間をより主体的に、そして前向きに生きるための確かな心の光となるでしょう。