不完全な自分を愛おしむ:自己受容で心のレジリエンスを高める
高齢期を迎え、これまでの人生を振り返る時間が増えたという方もいらっしゃるかもしれません。その中で、輝かしい成功体験だけでなく、思うようにいかなかったこと、失敗や後悔といった経験も思い出されることでしょう。あるいは、体力や記憶力の変化など、現在の自分自身に戸惑いを感じることもあるかもしれません。
こうした時に、「もっとこうしていれば」「なぜ自分はできないのだろう」と、過去や現在の自分を否定的に捉えてしまうことがあるかもしれません。しかし、ありのままの自分、つまり完璧ではない自分を受け入れる「自己受容」の考え方が、人生後半を心豊かに、そして心のレジリエンスを高めていく上で非常に重要になります。
自己受容とは何か?自己肯定感との違い
自己受容とは、「ありのままの自分、良いところも悪いところも、成功も失敗も、全てを条件なく受け入れること」を指します。これは、自分がどんな人間であっても、その存在そのものに価値があるという感覚とは少し異なります。
「自己肯定感」が、「自分には価値がある、能力がある」といった肯定的な評価に基づく感覚であるのに対し、「自己受容」は、自分の長所だけでなく、短所や弱さ、過去の過ちも含めて、現実の自分を客観的に、そして穏やかに受け入れる姿勢です。自己肯定感は高低がありますが、自己受容は「受け入れるか、受け入れないか」という、より根源的な態度と言えるでしょう。
なぜ高齢期に自己受容が大切なのか
高齢期には、身体機能の変化、社会的役割の変化、大切な人との別れなど、避けられない変化が多く訪れます。これらの変化に適応しようとする中で、若い頃との比較や、理想とする自分とのギャップに苦しみ、「自分はもうダメだ」「価値がない」と感じてしまうことがあります。
自己受容は、こうした変化やギャップを否定するのではなく、「これも自分の一部だ」「年を重ねるというのはこういうことだ」と現実を受け入れる手助けとなります。過去の失敗に対しても、「あの時は精一杯やった結果だ」「そこから学んだこともある」と、裁くことなく見つめ直すことができるようになります。
自己受容ができると、必要以上に自分を責めることが減り、心の平安が訪れます。困難な状況に直面した際も、「完璧でなくても大丈夫」「今の自分でできることをやろう」と前向きに考えやすくなり、心の回復力(レジリエンス)が高まるのです。
自己受容を高めるための実践方法
では、どのようにすれば自己受容を育むことができるのでしょうか。すぐに完璧になろうとする必要はありません。日々の生活の中で、少しずつ意識を変えていくことから始められます。
1. 自分の感情や思考に気づき、受け入れる
私たちはつい、ネガティブな感情(不安、悲しみ、怒りなど)や、自分への批判的な思考から目を背けたり、否定したりしがちです。しかし、自己受容の第一歩は、こうした内面の声に「気づき」、それを「そのまま受け入れる」ことです。
例えば、「どうも最近やる気が出ないな」と感じたら、「やる気が出ない自分はダメだ」と否定するのではなく、「ああ、自分は今やる気が出ないと感じているんだな」と、ただその状態を観察するように受け止めてみましょう。これは「マインドフルネス」の考え方にも通じます。感情や思考は一時的なものであり、自分自身ではないと理解することが、受け入れやすさにつながります。
2. 自分に優しく語りかける練習をする(セルフ・コンパッション)
私たちは他人の失敗には寛容でも、自分の失敗には厳しくなりがちです。もし友人があなたと同じ失敗をしたら、どのように言葉をかけますか? きっと、「大丈夫だよ」「仕方ないよ」「次があるさ」と優しい言葉をかけるのではないでしょうか。
「セルフ・コンパッション(自己への思いやり)」とは、この他者へ向けるような優しさを自分自身にも向けることです。失敗したり、うまくいかなかったりした時に、自分を責める代わりに、「よく頑張った」「これも経験だ」と、自分自身に優しい言葉をかけてみましょう。心理学の研究でも、セルフ・コンパッションが高い人は、困難からの回復力が高いことが示されています。
3. 自分の弱点や不完全さを認める
誰もが完璧ではありません。失敗もするし、苦手なこともあります。自己受容は、こうした自分の「不完全さ」を否定するのではなく、「これが自分だ」と認めることです。
自分の弱点を書き出してみるのも良いでしょう。そして、それらを「変えなければならないもの」としてではなく、「自分の個性」「人間らしい一面」として眺めてみてください。完璧でないからこそ、人は学び、成長し、他者と支え合うことができます。
4. 過去の経験から学ぶ視点を持つ
過去の失敗や後悔に囚われ続けると、自己否定につながりやすくなります。大切なのは、過去を変えることはできなくても、そこから「何を学んだか」「どう活かせるか」という視点を持つことです。
当時の状況や自分の気持ちを冷静に振り返り、学びや気づきを見つけ出しましょう。その経験は、今のあなたを形作る大切な一部です。
5. 他者と比較しない
他人と自分を比較することは、自己否定の大きな原因の一つです。SNSなどで他人の輝かしい一面だけを見て、「それに比べて自分は…」と落ち込む必要はありません。人はそれぞれ異なる人生を歩んでおり、見えない苦労や悩みも抱えています。
自分自身のペースで、自分自身の価値観に基づいて生きることに集中しましょう。比べるべきは過去の自分であり、昨日より今日、少しでも前に進めているか、ということかもしれません。
自己受容がもたらす心の変化
自己受容が進むと、心には穏やかさと安定が生まれます。外部の評価や他者の言動に振り回されにくくなり、自分自身の内面と向き合う時間が増えます。これにより、ストレスが軽減され、心のエネルギーを本当に大切なことや、自分がやりたいことに使うことができるようになります。
また、不完全な自分を受け入れられるようになると、他者の不完全さも受け入れやすくなり、人間関係がより円やかになることもあります。困難に直面しても、「自分なら乗り越えられる」「助けを求めても良い」と、しなやかに対応できる心の強さが育まれるでしょう。
まとめ
高齢期を前向きに生きる上で、自己受容は心の土台となる力です。完璧な自分を目指すのではなく、ありのままの自分、不完全さも含めた自分を優しく受け入れることから始めてみましょう。
自分の感情に気づき、自分に優しく語りかけ、過去の経験から学びを見出す練習を続けていくうちに、きっと心の景色が変わってくるはずです。今日からほんの少しでも、自分自身に寄り添い、不完全な自分を愛おしむ時間を持ってみませんか。その一歩が、あなたの心のレジリエンスを確実に高めていくことでしょう。